自己紹介

埼玉県, Japan
2004年にカルチャーセンターで羽山るみ氏に出会い師事。その後音声学を中心に丸山繁雄氏に師事。2006年地元さいたまのアコースティックハウスジャムで最初のライブ活動を行い、2009年渡英。語学を学ぶと共に、ボイストレーナーヘザーマイヤー氏に師事。以降新宿ジャズスポットJや、銀座の老舗スウィング、六本木サテンドールなどでもライブを行う。歌詞を大事に歌う事、スウィングする事をモットーに音楽活動をしている。

2013年2月26日火曜日

サコズバーライブ御礼

昨夜は、寒い夜にもかかわらず、サコズバーにお越しいただいてありがとうございました。
前回のライブで、感覚を取り戻したと思ったのも、束の間、音楽というのは、モンスターか、はたまた我儘で手におえない恋人みたいです。
掴んだと思った瞬間、手からスルスルと逃げてしまう。一生こうやってやって追いかけっこなのかな。

ライブの録音は、ほぼ毎回しています。録音せずに、ただ音を放ってしまうと、それは、鏡を見ずに化粧する様なものだと、以前誰かが言っているのを聞いて、なるほどうまい事をおっしゃると、感動したものです。鏡をみないで化粧し続けた結果、怪物みたいになってたり・・・なんて、考えただけでも怖いです。

少し前までは、緊張のため、余裕がもてない自分との闘いでしたが、やっと慣れた今、その慣れとの闘いになってきます。しかし、ゴールがない事への不安は、同時にゴールがない事への喜びでもあるんですね。いやいや、結局、とどまる事はできないのじゃ~!!

セカンドセット最後のミディアムスローでやった、Our Love Is Here To Stayは、なんだかバンドと一体感があって気持ちがよかったと思って、終わってすぐに祥子ちゃんに伝えたら、彼女も同じ事を感じていたそうです。当たり前といえば、当たり前なんだけど、共感できているっていうのはやはり嬉しいものです。

次から次へと課題は出てきますが、クリアできた時の喜びを手に入れる為に、精進していきます。

次のライブは、またまた地元大宮、アコースティックハウスジャムでのライブになります。どうぞ、引き続き、応援の程よろしくお願いいたします。

2013年2月20日水曜日

Join Forces ~311チャリティーライブ ジャズスポットJ

新宿Jのオーナー幸田さんから、3月のライブの日程を二日ほど頂きました。メンバーの都合などなど調整すると、3・11に決定となりました。あの東日本大震災の日です。以前より何かできたらと思っていたので、チャリティーライブにしたいと幸田さんに相談したところ、幸田さんも丁度、同じ様な事を考えていたという事でした。

さて、ではどうやってライブをすすめて行こう。まずどこに寄付をする?はて、被災者の人は今いったいどこで何をしているの?などなど私のわからない事ばかりでした。Join Forcesのライブのメンバーの山賀祥子さん(ピアニスト)に相談した所、彼女は以前、加須の避難所へハンドマッサージのボランティアに行った事があり、沢山の方が寒い中、プライベートスペースもない不自由な暮らしをしている事などを教えてくれました。

その後、加須の騎西高校の避難所について、調べていたのですが、これといった情報は得られずにいました。ある日、家の郵便受けの中に入っていた市政通信の記事を見つけました。(そういう類の物は、いつも、ほとんどないのですが。)双葉町の人たちが騎西高校での避難をいまだに余儀なくしている事、被災者のふれあいセンターでは、双葉町の老舗和菓子の十万山をもう一度食べたいという事で、業務用オーブンの購入目指して町民の方々が日々奮闘している事などを知る事ができました。

今日、加須のふれあいセンターに行ってきました。とにかくびっくりしたのが、みなさんエネルギッシュだという事と、ちょっとした行動や、言葉の中に深い思いやりがある事を感じました。今は騎西高校にいる被災者の方はおおよそ140人くらいですが、一番多いときにはその10倍はいらしたそうです。洗濯、お風呂、トイレ、それぞれ寒い中、並ばないとできない様な時も多々あったそうです。「福島にいたときには、普通だと思ってしていた事が、どんなに贅沢な事かと、今は思います。」と、しげこさん。

「私は農家をしていたんだけれども、今ここで、こんな事をしているとは、夢にも思わなかった。」と、藤田さん。


放射線量が高い、低いを、微量の違いによって、道や河川などで線引きがされ、その線引きによって、補助金がもらえない人が出てきてしまう事、じゃあ、線量が低いから補助金が出ないという方々は、自分の家に戻れるかというと、それはできず、慣れない土地で引き続き避難生活を続けなければいけないという現実・・・今まで力を合わせてきた被災者の方々の中に、そういう違いが生まれるという事が、どういう結果をもたらすかは、容易に想像ができます。こういった沢山の問題を抱えながらも、それでも、明るく、前向きに、素敵な笑顔で笑ってらっしゃる方々を見て、どうにかしたいと切実に思いました。そして、行動を起こす事は、今回きりじゃ、だめなんだと。そして協力が必要です。少しでも沢山の皆様のお力を借りたいという願いを込めて、チャリティーイベントにJoin Forces(協力する)という名前をつけました。被災者の方の貴重なお話を伺うコーナーもあります。


今回、加須に足を運んで一番感じた事は、被災者の方々が、復興に向けて心が動きだしてらっしゃるという事。だから、エネルギッシュで、パワフルで、前向きだと感じたのでしょうね。今必要な物は、震災直後とは明らかに変わってきていて、今後、何年もこの土地で、生きていかねばならないかもしれない。自分たちで立ち上がって生活をしていく為に、布石を打つ事なんだと。その第一歩として必要なオーブン購入にライブでの収益をあてて頂く考えでおります。震災から2年目の311の日に、是非新宿ジャズスポットJに足を運んでくださいませ。

山賀祥子(p)
鈴木麻緒(ds)
鈴木元(b)
長島百合子(vo)


2013年2月17日日曜日

アコースティックハウスジャム、お越し頂きありがとうございました。

昨夜は、とっても寒い夜にも関わらず、アコースティックハウスジャムにお越し頂きまして、本当にありがとうございました。


前回お越し頂いていたお客さまから、また聴きたいと思って来ました。なんて、これ以上にないくらい嬉しいお言葉を頂いて、感無量でした。(T ^ T)


ここ最近、帰国してからやっとライブの心構え的なものが取り戻せた様に思います。感覚というか、メンタル的な物が、いかに歌に影響してくるかという事をしみじみ感じます。


歌は、どの楽器よりもストレートに感情の影響を受けるんじゃないかな。声は、言葉と一緒に感情を表現する為にあるともの、声色って、言葉とは裏腹な気持ちなんかも表現してしまう物、それだけに感情の影響を受けやすい楽器を使って演奏するのが歌なんですもんね。そう考えると、裸の感情をそのままに表現してしまうという怖い楽器、暴れ馬を扱ってるのがボーカリストだと思います。


さて、次の暴れ馬との闘いは、2/25地元大宮サコズバーでのライブになります。お時間ありましたら、ぜひぜひお越しくださいませ。少しでも暖かい日になるといいな。
  

2013年2月8日金曜日

ふとした思いを

ライブがないと、なかなかブログを更新しない私ですが、今日は日常の事を少し。

赤ちゃんが、意味もなく、夕方に泣く事を、夕暮れ泣きとか、黄昏泣きとかいうそうです。丁度夕飯の支度をする頃なので、お母さんにとっては、とっても困る時間帯です。

私たち現代人は、電気の恩恵をうけ、(エジソンでしたっけ?)、きっと古代人の様に完全にお日様に従った生活をしないで、夜遅くまで飲み歩いたりなんて事もできちゃいます。だけど、私たちの心身には、お日様と共に、寝起きしていた頃の名残があるんじゃないかな。それが、この黄昏泣きなんじゃないかって思います。朝日を見れば元気になる気がするし、日が沈む時には、赤ちゃんの様に泣かないまでも、ちょっと物悲しいような気がしたり。

丁度日没の頃、電車に乗った私はなんだか物悲しさを感じ、私がすぐにとった行動は、鞄の中の携帯電話を探す事でした。ゲームでもやるかな。フェイスブックにするか。

こうして、湧きあがってくる自分の感情を誤魔化す為に携帯電話を利用してたのですね。物悲しさは、嬉しいとか楽しいとかの感情の裏側にあるかもしれないんだけど、この今の気持ちをゆっくり自分の内側で感じてみようと、私は、手にとった携帯電話を鞄に戻しました。

感じる事、考える事、それを楽しむことを、私たち現代人はすごく下手くそなんじゃないかなと思います。古典なんて全く興味ないけれど、徒然草にしても、枕草子にしても、普段の生活の中で何気なく感じた事を、綴っていた様な。(私の記憶が確かならば・・・)昔の人は考えたり、感じたり、それを文章にしたりする事が娯楽の一つでもあったのかもしれないですね。ろうそくの光だけの薄暗い部屋で、切ない思いを恋文や日記でつづったりしていたのかな。なんだかロマンチックですね。